京都府(お寺府)

美しい四季の移り変わりと繊細な感覚に裏付けられた日本文化の良さというものは、京都の自然と切っても切れない関係にあります。

 

日本画や和服などというものは、都市のすぐ近くに、やさしい山々の樹々の緑と川の流れがあり、そこに見られる春の桜、夏の深い緑、秋の紅葉、冬のうっすら積もった雪といったものが織りなす京都の自然が育てました。
しかし、京都は古都であることに違いはありませんが、故都であっては困るのです。京都は保存すべき存在ではなく、古い伝統を活かしつつ未来に向かって生きる都市でなくてはありません。

 

都市づくりにあっても高層高度利用と低層低度利用という時代の論争に陥ることなく、京都は低層でも高付加価値利用が可能な独自性を追求するべきです。

 

現在の京都駅は、国際コンペで選ばれた原広司氏の設計ですが、あれほど大規模な駅が一流の建築家の作品としてつくられたのは日本で初めてといっても過言ではありません。

 

そのデザインに個々の好き嫌いはあるとは思いますが、イタリア・ミラノの中央駅と同じように、京都がこのような大胆な試みに挑戦できたことは称賛に値するのではないでしょうか。

 

京都府民の中には同じく高層建築で問題になった京都ホテルには賛成できないが、京都駅ビルは支持したいという方が多いのがそれを物語っています。

 

京都と言えば景観問題の影響で話題性のある施設にはいつも反対運動が起きますが、むしろ、本当の意味で景観を害しているのは街中にある普通の雑居ビルや住宅ではないでしょうか。

 

「町屋が滅びることは、京都が文化都市から観光都市に転落すること」という建築家・上田篤氏の言葉がありますが、近代的なビルでも現代の町屋として調和することは可能な一方、煎餅ビルやどの町にもあるような住宅が京都を台無しにしている感は否めません。

 

単なる観光の対象を超えた国際化も京都にとっては一つの課題です。かつて、1986年のサミット(先進国首脳会議)の誘致をめざして行われた運動では、京都御所内の和風迎賓館の設置という遺産を京都に残しました。

 

いまの京都御苑の景観は、京都独自の伝統的なものではありません。もとは、御所を囲むように公家屋敷が建っていたのを、即位礼の時に人が集まれるように広場にしました。

 

京都の荒廃を心配する明治天皇や岩倉具視氏の気持ちがあり、さらに、旧都モスクワで行われたアレクサンドル二世戴冠式に出席して荘厳さに感動した山県有朋氏の進言もあって、即位の大典と大嘗祭をここで行うということと御苑の整備が決まり、大正、昭和の二帝の即位の際には華々しい行事が行われました。

 

平成の即位礼は警備の理由という官僚的な都合によって東京で行われましたが、その際に東京にいったん運ばれた高御座は再び京都御所の紫宸殿に戻されています。このことからも次回からの「正常化」に期待したいところですし、京都御苑ももっと意義のある使い方がされるべきです。

 

現状はさほど美しくもない公園でしかないし、周囲の囲いは無粋で、付近の街並みも美しくありません。京都を愛した明治天皇はみずからの御陵に伏見桃山を選びました。昭和天皇の時代までは、何かにつけ皇族もこの御陵に参拝したが、皇太子殿下ご成婚のご挨拶は大正、昭和の両天皇の御陵と橿原神宮、伊勢神宮が対象でした。

 

つまり、明治天皇は、皇太子殿下にとってはひいお祖父さんなので、もういいだろうということになったのではないでしょうか。

 

明治維新は日本国内だけではなく海外でも世界史的な大事件と扱われていますし、皇室にとっても明治天皇は中興の祖のはずなのに、不思議な気がします。

 

京都からは多くのベンチャー企業が生まれ、その独創性のお陰で不況下でも比較的強さを維持しています。オムロン、ワコール、京セラ、任天堂などがその代表ですが、大きくなるとすぐに東京へシフトする大阪の企業と違い、これらの企業は京都で頑張っているものが多いのが特徴です。

 

京都の人は個人主義的で、都会人、物腰は柔らかく、言葉も優しいところがありますが、どこか本当に打ち解けようとはしないところもあります。「どちらへ」「ちょっとそこまで」といったやりとりはいかにも京都人らしい部分です。

 

「あずま男に京女」という言葉があるように、京都の女性の魅力は昔から広く認められています。もちろん、若い女性も魅力的ですが、年輩の女性の魅力こそが京都ならではのものなのではないでしょうか。年を取っても魅力的だと他人から見て欲しいという気持ちを忘れないことこそが他府県の女性とは違うのです。

 

京都とパリの人はよく似ていると言われますが、個人主義的なこととマダムたちの魅力はとくにそうです。京都の食べ物は、すべてが淡くはんなりしています。決して食材に恵まれた土地ではないので材料そのもので勝負はできませんが、素材の持ち味を意外な形で活かしています。骨切りという技法で鱧などの小骨の多い魚を高級食材に素材の持ち味を意外な形で活かす、鯖寿司、にしん蕎麦などがその典型でしょう。

 

現在の京都府は、京都市を含む山城国と、丹波・丹後からなっていますが、丹波国のうち篠山周辺は交通事情を考えて兵庫県に編入されています。

 

丹後の宮津と舞鶴はどちらも小さな城下町ですが、宮津は日本三景のひとつ天橋立で、かつての鎮守府である舞鶴はシベリアからの引揚船とそれにまつわる岸壁の母のエピソードで知られます。

 

丹波の亀岡と福知山にはいずれも明智光秀が築いた城がありました。丹波・丹後が京都に吸収されたことで、これらの土地の産物に京都の名前を活用できるというメリットをもたらしています。丹後の野菜を京野菜というのも少し変な話ですが、これが京都府であることのメリットというものなのでしょう。